2ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

処女はお姉さまに恋してるSSスレ 第19話

229 :1/18:2010/08/26(木) 22:36:39 ID:YD3UvSWr0
「はあ……」

夕方になって突然押しかけてきた友人の吐いたため息は、それで七回目を数えた。
ため息をひとつ吐くたびにしあわせがおなじ数だけ逃げていく、なんてよく言うけれど、
もしその迷信がほんとうなら彼女は今すぐにだってその口を閉ざすべきだろう。
だって、これからいっとうの幸福を得るはずの彼女が、
それを手にする前から取りこぼしているだなんて、まったくばかげた話だと思うから。
ほら、今もまた、その口から未来のしあわせがぽろり。
そんなおっちょこちょいな友人を見るに見かねて、私は彼女の唇に人差し指をあてがって栓をした。

「ふむ、っ?!」
「まあ薫子ったら、変な声を出してどうしたの?」

今もまた深い息を吐こうとしていたところを急に押さえつけられたからか、
行き場を失った空気が彼女の頬をぷうっと膨らませた。
そのお饅頭みたいな丸みが面白くてくすりと笑うと、
彼女は不満そうな顔をして私に抗議の言葉をぶつけた。

「もう、香織理ったら、また変なからかい方をするんだから!」
「だってこうでもしないとあなたのため息が止まってくれそうにないんだもの。
 家に押しかけられた挙げ句、目の前でため息ばっかり吐かれてるなんて、あまり良い気分ではないわ」

230 :2/18:2010/08/26(木) 22:42:39 ID:YD3UvSWr0
そう言い返すと、彼女は口ごもってだんまりとしてしまった。
一応私の言いつけは守ろうとしてくれるのか、もうため息を吐くことはなかったけれど、
その気分の沈みようはまだ元通りにはならない。
普段の快活で明るい彼女をよく知っている分だけ、いっそう落ち込んでいるようにも見えた。

……いや、きっと、落ち込んでいるというのはちょっと違うんだろうな。
だって今の彼女に、気落ちしてしまうような理由なんてなんにも思い当たらないもの。
彼女は今、しあわせの絶頂にいる。私だって、誰だって、それを認めない人なんていない。

だってそうでしょう?
来週に大好きな人との“結婚”を控えている女がしあわせでないなんて、そんなことあるわけがない。
「プロポーズをされたのだ」と私に報告してきた時のあの笑顔は、紛れもないほんものだった。

だからこそ私には、彼女のため息の理由がわからなかった。
なにを躊躇っているの、って。
彼と、妃宮千早と――今は御門千早だったか――籍を入れることに、どんな不安があると言うのだろう。


231 :3/18:2010/08/26(木) 22:47:58 ID:YD3UvSWr0
「……あのね、香織理」
「なにかしら」

おずおずと切り出された言葉と共に、俯いていた顔が上げられる。
ようやく話をしてくれる気になったらしい。
私は改めて彼女に向き直ると、そのひとみをじっと見て、彼女の言葉を待った。

「私ね、私……」
「うん」
「しあわせに……なれるかな?」

そして、返ってきた返事を聞いて。
私は濡れた子犬みたいに震える彼女の頭を、こつん、と叩かずにはいられなかった。

232 :名無しさん@初回限定:2010/08/26(木) 22:50:45 ID:ikE3uCJA0
しえん

233 :4/18:2010/08/26(木) 22:53:20 ID:YD3UvSWr0
「なっ、なんでそこで叩くのよう!」
「あのね薫子、今あなたの発言、世の中の女性の九割九分九厘を敵に回したも同然よ」
「残りの一厘はなんなのよ……」
「そんなのあなた自身に決まってるじゃない。
 あんなに完璧な旦那を捕まえておいて『しあわせになれるかな』だなんて、
 そんなのなれない方がおかしいに決まってるでしょう?
 この期に及んで、いったい千早にどんな不満があるっていうのかしら」

よりにもよって、この子はなんてことを言い出すのだろう。
嫉妬を通り越して茫然とさえしてしまいそうな話だ。
けれども、薫子の目にふざけた様子は感じられない。
ひとみに湛えられた色はまさしく未来に対する不安のそれで、
見方によっては後ろめたそうな表情さえ見てとれた。

234 :5/18:2010/08/26(木) 22:58:53 ID:YD3UvSWr0
その目を見て、私はふと思い出す光景があった。
あれはそう、たしか今から三年ほど前の話。
彼女が聖應の短大を卒業して――千早に同棲をしないかと誘われた時のことだったろうか。
ああ、そうだ。あの日とおんなじ顔をしているんだ。
漠然とした不安や恐れに、すっかり呑み込まれてしまっている感じ。
目の前にはしあわせな未来が広がっているに違いないってわかってはいても、
どうしてもあと一歩を踏み出す勇気の持てない、臆病さ。

そんな後ろ暗い感情の渦に飲み込まれて、結果として薫子は千早の誘いを、断った。
今はまだ早いと、そう言い残したきり千早の前から逃げ出してしまったらしい。
その場に取り残された千早の呆然とした様子が目に浮かぶようだった。
どうして? って。あんなに楽しみにしていたはずなのに、って。
薫子は決して千早を嫌いになったわけではないと言うけれども、
それならばなおさら千早には薫子に逃げられた理由がわからなかっただろう。
私だっておなじ気持ちだった。彼女だって望んでいたはずの、恋人との二人暮し。
それがどうして逃亡なんて形に終わってしまったのか、
三年前の薫子の迷走は、未だに解き明かされないままの謎のひとつだったのだ。


235 :6/18:2010/08/26(木) 23:04:22 ID:YD3UvSWr0
だけれどもその真実も今日、きっと明かされるのだろう。
彼女自身の口から、彼女自身の言葉で。
きっと彼女はそのために私の部屋を訪ねてくれたのだと、そう信じたい。
二度もしあわせを掴むチャンスをふいにするような、そんな間抜けな話があってたまるものか。

私の見初めた友人だ。
しあわせになってもらわなくては、困るのだ。

「千早のこと、嫌いになったのかしら、それとも嫌われた?」
「……ちがう」
「じゃあ、飽きちゃったの?」
「それもちがう!
 ……あの、あのね、千早のことは関係ないんだよ。
 千早が変わっちゃったとか、そういうわけじゃなくて
 ……おかしいのはたぶん、私、なんだよ」

236 :7/18:2010/08/26(木) 23:10:05 ID:YD3UvSWr0
まだふらふらと泳いでいる視線がしっかりと私の方を見据えてくれるのを、じっと待つ。
彼女の言葉を急かすような真似はしない。けれども、また逃がしてしまうつもりだってない。
彼女にはここで、胸の内のもやもやを全部吐き出していってもらうのだ。
それがきっと、いちばん彼女のためになる。
気持ち悪いものを呑み込んでしまった時は、
誰かに、なにかに、遠慮せずにぶつけてしまうのが楽なのだ。

それから一分ほど間があったろうか。
彼女の目に、はっきりとした決意らしい光が宿ったようにみえた。
アーモンド色のひとみが、私の視線と交じりあう。
見つめられて、なんだか落ち着かない気持ちにさせられた。
恋の話は、いつ聞いても胸の奥をちりちりと焦がしてやまなかった。


237 :名無しさん@初回限定:2010/08/26(木) 23:13:34 ID:ikE3uCJA0
支援


238 :8/18:2010/08/26(木) 23:16:03 ID:YD3UvSWr0
「千早はきっと、私をしあわせにしてくれると思う。
 それは自惚れでもなんでもなくて、ほんとうにそうだって思うの。
 ……だけどね、それは千早が私にしてくれることであって、
 私が千早にしてあげられることじゃ、ないんだよ」

そこまで聞いて私は、ようやく彼女の抱えている不安の正体が垣間見えたような気がした。
なるほど、そういうことか。考えてみれば、それはなんとも彼女らしい理由に思えなくもない。
「自分は平凡な人間だ」そんな言葉が口癖だった彼女にとって、
きっと千早というのは大そうかけはなれた世界の人間のように映ったのだ。

彼女の胸に深々と根を張った気持ちは――きっと、劣等感というのだろう。
自信と気力を削ぎ取ってしまう、とても後ろ向きな、けれどいっとう人間らしい感情だ。
遡れば、彼女と彼がダブル・エルダーを組んでいた頃に、その種はすでに蒔かれていたのかもしれない。

239 :名無しさん@初回限定:2010/08/26(木) 23:19:29 ID:ikE3uCJA0
紫苑


240 :9/18:2010/08/26(木) 23:21:22 ID:YD3UvSWr0
「好きな人とずっと一緒にいるっていうのは、うん、この世界でいちばんしあわせなことだと思う。
 少なくとも私にとっては、千早のそばにいることがいちばんのしあわせ。
 あったかくて、気持ちがいい。
 ……だけどさ、きっとそれだけじゃないんだよね、一緒にいることって。
 結婚するって、気持ちだけの問題じゃないんだよね」
「そうね。好き合っている、という気持ちだけでは、少し足りないのかもしれないわね」
「うん。ずっと一緒ってことはつまり、寝たり、起きたり、食事をしたり家事をしたり。
 子どもができたら、その世話をしたりするのも、なにもかも全部一緒にやるってことでさ。
 そうなった時、私は千早みたいに上手くやれるのかな、って。
 千早に満足してもらえるような妻になれるかなって、
 そう考えるようになった時ふっと思い知ったんだ。
 私、もしかして千早のためにしてあげられること、なにひとつ無いんじゃないかって。
 ……私は千早に、“してもらうこと”しかできないんじゃないかって」

241 :10/18:2010/08/26(木) 23:26:25 ID:YD3UvSWr0
そこまで一息に語り終えると、ふっ、と薫子は息を吐く。
私に注がれていた視線はまたテーブルの上に落とされてしまった。
前髪の影に隠れて、伏せられたひとみがどんな色を湛えているのかもわからない。

嫌いじゃない、だけれども、一緒にいることで自分に陰が差したり、
ましてや相手の輝きが損なわれるようなことはあってほしくない。
そんな薫子の気持ちは私にも少しだけ理解できる。
私もまた千早のことを“嫌味なくらいに完璧だ”と評したことがあったから。
私が千早を間近に見ていたのは聖應で寮生活を送っていたほんの一年の間だけだけれども、
恋人として、遥かに長い時間を共にしてきた薫子には、
いったい千早はどれだけの超人に見えていたことだろう。

距離が近ければ近いほど、嫉妬や、劣等や、不和の感情は強くなる。
それを乗り越えてこそはじめて結ばれるのが恋愛というものなのかもしれないけれど、
どんな障害も軽々と飛び越えていける人間はそう多くはない。
当たり前のことなのだ。当たり前のことに躓いて、友人は今、こんなにも懊悩している。
くだらないことだ、そんなふうに笑い飛ばせる気持ちなんて、抱けるはずがなかった。

242 :11/18:2010/08/26(木) 23:31:47 ID:YD3UvSWr0
「こんな気持ちじゃ、一緒になんてなれないよ……
 私、千早に養ってもらうために結婚したんだって、そんなふうには思われたくない。
 千早のためにできることをしてあげたい。
 千早に必要とされているんだって、ちゃんとした役割がほしい!
 ……だけど、私になにができるのか、いくら考えてもわかんない。
 わからないんだよ、香織理……」

わからない、と彼女は繰り返す。
できることと、できないこと。やれることと、やれないこと。
千早と暮らす未来をキャンパスに描いた時、
きっと薫子はそこに生きる自分を上手く描写することができなかったのだ。
できたとしても、それはきっと誰にも見せることのできないような恥ずかしい姿をしていたのだろう。
だからこんなにか卑屈になって、自分は千早に相応しくないかもしれないと思いつめてしまったのだ。

243 :12/18:2010/08/26(木) 23:37:00 ID:YD3UvSWr0
自分の弱いところを素直に見つめられる、その姿勢は彼女の長所のひとつだ。
だけど壁を目前に立ち往生をしてしまうのは、彼女らしくないとも言える。
そこまで自分を省みることができるのに、どうしても後一歩を踏み出すことができない。
怖くて、不安でたまらなくて……

――そんな弱虫で臆病な彼女の背中を押してやるのは、やっぱり、友人の役目なんだろうな。
まったく損な役回りだと思う。
もうちょっと人生賢く立ち回ってきたつもりだったのに、薫子には……やっぱり、敵わないや。

「ねぇ、薫子。あなたはいったい、千早になにを求められていると思っているのかしら?」
「……千早に、求められていること?」

気分はまるで迷子の子どもに話しかけているかのよう。
これ以上迷わないように、惑わないように。
彼女が進むべき道をしっかりと見据えられるよう、
そっとその背中を支えてあげるのが私の最後の仕事。

あまり私ばかりを頼っていると、千早に嫉妬されちゃうんだから。

244 :名無しさん@初回限定:2010/08/26(木) 23:39:16 ID:VNzGU+r10
支援

245 :13/18:2010/08/26(木) 23:42:22 ID:YD3UvSWr0
「あなたの話を聞いていると、できる、できないなんてことばかりで、
 まるで仕事や家事の話ばかりしているみたいに聞こえるのだけれど。
 千早は、家のことは全部任せるって、あなたにそんなふうに言ったのかしら」
「それは……そんなふうには、言われてないけど……でも、」
「もちろん結婚して妻になる以上、最低限のことはこなさなくてはならないわね。
 でもね、千早は別にあなたにそこまで“完璧”なことは求めていないと思うのよ。
 だってそうでしょう、千早が好きになったのは“そんな薫子”なんだもの。
 お寝坊さんで、食いしんぼで、でも性格の真っ直ぐなところは人一倍な、
 そんな薫子だからこそ千早はあなたを見初めたんだわ。
 見初めて、ずうっと手放そうとしなかった。
 今までも、そして、これからも」

246 :14/18:2010/08/26(木) 23:47:40 ID:YD3UvSWr0

あの学生寮での生活も、もう何年前のことになるのだろう。
学園生活最後の一年間は、ほんとうに楽しい毎日が続いていたと思う。
それも全て、千早が転入してきてくれたから。
女子校に男の子だなんて、はじめはどうなることかと思ったけれど、
蓋を開けてみれば彼が与えてくれたものは、たくさんの笑顔と充実で。

いろんなことを話した。誰にも話せなかったこと、隠しておきたかった気持ち、
それら全てを明かすのに、彼ほど安心できる人なんていなかった。

そんな彼のことを恋しく想うようになるのに、時間はほとんどかからなくて。
好きで、大好きで、胸が張り裂けそうな気持ちで、たまらなくて。

――だけど、叶わなかった。
私は彼に、選ばれなかった。
気がつけば私の目の前には、ごく自然に睦み合う二人の姿が、あったのだ。

だから、ね、薫子……あなたは、しあわせにならなくてはだめなのよ。
あの日、あの夜。櫻館に置き去りにしてきた私の心を、裏切らないで。
私を失望させないで。
お願い、おねがいよ……

247 :名無しさん@初回限定:2010/08/26(木) 23:48:55 ID:ikE3uCJA0
sienn


248 :15/18:2010/08/26(木) 23:53:23 ID:YD3UvSWr0
「……結婚をして、あなたがいちばん大切にしなければいけないことは、
 千早が好きになった“薫子”を、ずっと大事に守り続けること。
 子どものままでいろって、そういうことを言ってるわけじゃない。
 ただ、今みたいに自分に自信が持てないでぐずぐずしているあなたのままでは、
 千早を支えるどころか、裏切る結果にしかならないでしょうね。
 そんなみっともないあなたは見たくないわ。
 三年前みたいな情けのない顔は、もうしないでくれると嬉しいわね」

はっきりと言い放った言葉には、自分でもそうとわかるほどの鋭い棘が含まれた。
抑えきれなかった黒い感情の表れ、
その冷淡さには、薫子も目を丸くして驚きを隠さなかった。
少し、私らしくなかったかもしれない。
だけど嘘で飾った言葉よりかは、ずっと強く彼女の胸を打つだろう。

249 :16/18:2010/08/27(金) 00:10:50 ID:eoUkjN3o0
それから幾許かの沈黙が私たちの間に横たわった。
重く沈んだ雰囲気に、呼吸が止まりそうになる。
私の言葉は、想いは彼女に伝わったろうか。
彼女の口が再び開かれるまでの数分間は、これまで経験してきたどんな無言の時間より長く感じられた。

そして、彼女は意を決する。
そのひとみに宿る光は一瞬だけ悲しそうな色を湛えて――けれどそれもすぐに別の色に取って代わった。

なにかを吹っ切ったかのような、その微笑み。
これ以上もないくらい雄弁に、私にその決意を示してみせた。

250 :名無しさん@初回限定:2010/08/27(金) 00:11:47 ID:C6naQw8M0
支援

251 :名無しさん@初回限定:2010/08/27(金) 00:12:04 ID:yqt5GDB9O
支援

252 :17/18:2010/08/27(金) 00:18:19 ID:eoUkjN3o0
「――うん、わかった。その約束、守るよ」
「そう……ありがとう、薫子」

やっと……
ああ、やっと、いつも通りの薫子に戻ってくれた。
私の恋敵でない、たいせつな友人の顔を、見せてくれた。

「香織理はすごいね。私、そんな考え方なんてしたことなかったよ」
「あら、私の言ったことがすべて正しいなんていうのも早計よ。
 どんなに語ってみせても、結局私は最後の最後で外野だもの。
 ほんとうのところは、あなたたちがこれから二人で考えなければいけないのだから。
 今日だって、いちばんに頼るのは私ではなくて千早でなければならなかったはずよ。
 今頃寂しがっているでしょうね、千早は。式を前に、また花嫁に逃げられるなんて」
「き、今日はちゃんと出掛けてくるって伝えてあるよ!
 ……でも、ね。香織理はそう言っても、やっぱり千早には話せなかったよ。
 だって千早のことだもん、きっと自分に不満があるんじゃないかって、
 そんなふうに受け取られちゃう」
「まったくもう、薫子のこととなるとほんとうに甘々なのね」
「えへへ……」

どちらともなく視線を交じらせて、それからきっかけもなく笑いだす。
理由なんてない、気がついたらそういう表情になっていたんだ。
薫子の屈託のない顔を見ていたら、胸の中がくすぐったくってたまらなかった。


253 :名無しさん@初回限定:2010/08/27(金) 00:22:18 ID:g4luqpEH0
支援


254 :18/18:2010/08/27(金) 00:25:58 ID:eoUkjN3o0
「ねぇ、香織理。披露宴には来てくれるかな?」
「もちろんよ。衣装直しではもちろん、千早がウェディングドレスを着てくれるんでしょう?」
「うん! 期待して待っててちょうだい!」

くだらない話が楽しいなんていつ以来だろう。
心はほんの少しだけ学生時代に遡ったかのような気分だった。
楽しかった思い出の数々が、ふわりと浮かんできては弾けて消えていく。

寮に入って、薫子たちにはじめて会った日のこと。
千早が転入してきた新学期のこと。
エルダー選挙に生徒総会。学園祭に、卒業式――

それに紛れて浮かび上がる、下級生との蜜月や、私自身の恋の記憶も。
なにもかも等しく、はじけて消えた。
すべては過去の輝かしい記憶として、セピアに色褪せたのだ。

「薫子」
「なあに、香織理」
「しあわせに、なってちょうだいね」

さあ――古びた想いに別れを告げて、新しい恋をはじめよう。
彼女から渡された、この笑顔のブーケが、
きっと私を祝福してくれるのだから。



おわり

501 KB
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

read.cgi ver 05.03.00 2017/10/01 Mango Mangüé ★
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)